【藩老本多蔵品館】加賀百万石金沢の歴史を彩る博物館−前田家大年寄 本多家の歴代秘蔵品、武具・調度品・古文書などを展示−


財団法人 藩老本多蔵品館
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あらまし

 藩老本多蔵品館は、加賀藩年寄であった本多家に伝来した武具や調度品を展示する武家資料館です。

初代本多政重画像
■初代本多政重画像
本多政重(1580-1647)の肖像。
讃は江戸時代初期の僧沢庵宗彭(1573-1645)による。
本多家は百万石の加賀藩で、5万石という最も高い禄高の家柄でした。加賀藩には1万石以上という大名並みの禄高の家臣が何人もいて、その内最も格式のある8つの家は「八家(はっか)」と呼ばれました。家老より上の「年寄」という役につき、自分の家臣を数百人も持っていましたので、「加賀には殿様が9人いる」ともいわれました。


本多家の初代は本多政重です。徳川家の譜代の家臣として有名な三河の本多家の出身で、家紋は立葵紋です。父正信と兄正純は徳川家康の側近として行政分野で活躍しましたが、次男の政重は各地の大名に仕えた後、加賀の前田家に招かれました。その後上杉景勝の重臣直江兼続の婿養子になり直江勝吉を名乗りましたが、1611年再び前田家に仕えます。関ケ原の戦いの後、徳川家とのやりとりに苦慮する前田家にパイプ役として期待されたようです。その期待に応えた働きにより前田家から拝領した「村雨の壺」は家宝となり、現在は当館の代表的な展示品になっています。


本多家の菩提寺は曹洞宗の名刹大乗寺です。1263年、鎌倉時代建立の由緒ある寺で、初代政重が当時屋敷地の近くにあったこの寺に帰依し、2代政長が現在の野田山近郊に移設整備しました。
数百名の家臣が勤務した本多家の広大な上屋敷は、明治時代に取り壊され、現在は「本多の森公園」として、緑豊かな場所になっています。博物館施設がいくつも建つ文化ゾ−ンでもあり、当館もその1つです。「村雨の壺」の他、初代政重所用の鎧兜や馬具一式、火事装束などを展示しています。

■家紋 丸に立葵紋

村雨の壺
■村雨の壺
「ルソンの壺」といわれる茶壺の1つ。初代政重の功による5万石加増を固辞した代わりに前田家より拝領したと伝えられ、「五万石の壺」とも称された。

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