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2022年03月11日

春季特別展「『加賀八家』本多家の確立 ―加賀本多家3代 本多政敏―」はじまりました

 3月11日から、春季特別展「『加賀八家』本多家の確立 ―加賀本多家3代本多政敏―」がはじまりました。
 加賀本多家の初代・本多政重は加賀前田家の年寄役を務め、慶長20年(1615)には従五位下安房守に叙任されました。大名の家臣が幕府の許可を得て、朝廷から官位・官職を正式に受けることを陪臣叙爵といいます。この陪臣叙爵は政重以降、加賀前田家では長く途絶えてしまいます。その後、陪臣叙爵は加賀本多家2代・本多政長らが元禄4年(1691)に叙爵されたことで復活しました。続く加賀本多家3代・本多政敏は元禄14年(1701)、父・政長の隠居により49歳で家督を相続し年寄役として藩政に参画、翌年、従五位下安房守の叙爵を受けました。以後、加賀本多家当主は代々、人持組頭や年寄役、陪臣叙爵を連綿と継承していきます。
 本展示では、この「家格」確立期の資料を中心に、詩歌や書画に優れた文人としても知られる政敏の事跡に迫ります。
 また文書コーナーでは、宝永5年(1708)、加賀藩前田家世子である前田吉治(のち加賀藩6代藩主、吉徳と改名)と5代将軍徳川綱吉の養女・松姫との縁組に関する、5代藩主前田綱紀からの書状を紹介します。


三十六歌仙絵(本多政敏筆)

前田綱紀書状写